恥ずかしいを手放す
生きていると恥ずかしい思いをすることはあります。
人前で転んだり、
失言をしてしまったり、
笑われたり、
見られたくないところを見られたり?
これを手放すってとても難しいなあと思います。
感情の中で最も難しいんじゃないか、と 笑
でも、恥ずかしさってフラッシュバックして何度も襲ってきたりして、出来たら手放したい 笑
そんなときは
意外に恥ずかしかったー と大声で言ってしまったり、
恥ずかしい自分を認めてしまうと傷が治るような気がしています。
誰かに話して笑っちゃったり。
それがなかなかできない深刻な恥がとにかく難しい。
そんな時は秘密を守ってくれる人に話したり(まず話すことも難儀だったりしますね)
それも無理なら日記や紙に書いたり。
とにかく何かにアウトプットできるようになるとなんてことなくなるように思います。
※時間が経たないとそこまでいくのに難しい場合もあります。
だいたいの感情はあー怒ってるなーとか
あー悲しいんだーとか
あー寂しいんだーとか
あーめちゃくちゃ寛ぎを感じでいるーとか
できるようになってきましたが、
恥についての勉強も含めて今自分のなかで実験中です。
ふと今思い出したのは
幼稚園のときにお遊戯中、衣装につまづいて観客に笑われたことが恥ずかしかったなあ。
これはおそらく一所懸命やっていたのに笑われたこと(人の失敗を笑っちゃいけないと私は親から言われていて、自分は笑うことをいつも我慢していて、思い切り笑える彼らが羨ましかったのもあるかなあと思いました)
そもそも人前に出て踊るなんてやりたくなかったこと(全く無自覚でした)
それが恥ずかしさの原因なのかなと思いました。
人にとっては大したことではないけれど、
とにかく何度も何度も思い出して恥ずかしかったをまた体感してしまうということが起こっていました。
言語化すると自分にとっても小さなことなのですが、
きっと自分のなかの課題がここに隠されているんじゃないかなあと今その自分を受け止め中です。